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ごぼうは地中深く根が張ることから、一家がその地にしっかりと根を張って安泰となることを願っています。
また、色や形が豊年の年に飛んでくる瑞鳥に似ていることから、豊作を祈願したともいわれます。
さらに、牛蒡や黒豆は黒い色をしており、それが魔除けの意味を持っていたという話もあります。
ほかにも、細く長い形から、細く長く慎ましく生きられるようにという願いが込められているといいます。
この縁起のよいごぼうを、軟らかく煮てたたき、身を開いてあえたものがたたき牛蒡です。
たたいて開くところに開運への期待も込められているのでしょう。
おせち料理の中でごぼうはたたき牛蒡だけではなく酢の物としておさめられることもあります。
どちらも、正月のお酒の肴としてもなかなかのものです。
もともとイワシが田畑の肥料だったことから「田作り」「五万米(ごまめ)」と呼ばれました。
人間が食べるようなものですから、高級肥料の部類に入っていたようです。
文字通り田を作るものとして豊作、五穀豊穣の祈願のためにおせち料理におさめられています。
関東では祝い肴のひとつとして欠かせない田作りですが、関西ではたたき牛蒡が主流です。
おせちの代表選手の田作りですが、小魚を丸ごと炒ったものですから、カルシウムも豊富で小さなお子さんおやつにも適しています。
市販の田作りは、べたっとした感じになりますが、お好みによってこのあたりは調整してもよいでしょう。
アーモンドやクルミと一緒に煮るのもおいしいです(簡単なレシピはこちらのサイトに)。
アーモンドと一緒ならバター風味というのもなかなかいけます。
近世までにしんを「かど(カドイワシ)」と呼んでいたため、「かどのこ」が「数の子」になったということです。
にしんはひと腹の卵数が非常に多いため、子孫繁栄の縁起物として昔から正月の祝い膳やおせち料理に使われてきました。
また、にしんの子ということで「二親」健在にも通じるとされています。
多く流通しているのは塩漬けした「塩数の子」ですが、天日干しの「干し数の子」を水で戻した方が味がよいともいわれています。
残念ながら現在では国産の数の子はほとんどありません。
カナダ、アメリカ、イギリス、ロシアからのものを輸入して加工しています。
数の子を選ぶ際のポイントは、1身が厚く、2色がはっきりとして、3卵の粒がくっきりしたものを選ぶことです。
数の子独特のプチプチっとした歯ごたえを楽しみたいものです。
また、数の子には最後の仕上げの鰹節も重要です。
非常に堅い本節を薄く削ったものがベストですが、これも近頃ではなかなか手に入らなくなってしまいました。
年に一度くらいは、いろいろこだわった食材や調味料も使ってみたいところです。 鰹節も少し奮発してみましょう。
まめまめしく生きるという意味合いがあります。
関西風は甘くふっくらとたき、関東風は「しわの寄るまで長生きできるように」と、表面にしわを寄せて仕上げます。
豆は大きめの粒のそろったもので、光沢のよい鈍い自然のままの色のものが良質。
なんといっても丹波の黒豆がおすすめです
時間のかかる料理で、煮汁が常に豆にかぶっているように見張っていなければなりません。
手間暇はかかりますが、
色よく仕上げるために、さび釘を数本入れて煮るという方法もあります。
ただし、よい豆を使えばこれも必要ありませんし、早くにあがりますのでおすすめです。
黒豆の作り方にはいくつかレシピがあります。
古釘を使う場合や圧力鍋で煮る場合には先に煮汁を作ってつけ込んでおきます。
そうでない場合は、たっぷりの水に一晩つけ込んでおきます。
よい豆ほど楽にできますので、豆選びに気合いを入れましょう。
この祝い箸にも、慶事らしい意味合いが込められています。
まずは長さ。
「末広がり」ということで八寸(24センチ)とされています。
続いて形。真ん中がふくらんで両端が細くなっています。これは「俵箸」とか「はらみ箸」とか呼ばれます。
「俵箸」というのはこの形が米俵を表すことで五穀豊穣の祈りを込めているためであり、「はらみ箸」というときには、妊婦のイメージから子孫繁栄を願っています。
両端が細くなっている祝い箸は、「両口箸」とも呼ばれています。
これは、一方を神が、もう一方を人が使うことで、神と人が同じ食べ物を食べることを意味します。
歳神へのお供え物を分けていただき、一年の幸を授かろうというものです。
祝い箸の素材は多くの場合柳です。古来、柳は 魔を払う霊木と考えられていました。
時代が下ると、「柳に雪折れなし」といわれる丈夫さや、早春に芽を出すことが縁起の良さにつながり、「家内喜 (やなぎ) 箸」ととかかれるようにもなりました。
両側が細くなっているこの「祝い箸」、両側を使ったりしないように気をつけましょう。
しかし、それが現代のおせちに進化していく過程には大きく三つの節目がありました。
第一が平安時代の宮中料理としての「御節供(おせちく)」です。
中国文化の影響を色濃くうけていた奈良時代。「節」に関する考え方も受け入れていました。
朝廷ではこの「節」の日に「節会(せちえ)」と呼ばれる宮中行事を開き、神に祈る儀式と、それに伴う宴が開かれました。そのときに出された料理が「御節供(おせちく)」であり、現在のおせち料理のルーツとなりました。
第二の節目は江戸時代です。この頃になると、庶民の食生活の水準も大きく向上し、従来宮中料理であった「御節供(おせちく)」を彼らなりにアレンジし、新しい形に作り替えていきました。
それぞれの料理に幸運の意味合いをつけるといったスタイルはこのころに誕生したといわれています。
それと同時に、もっとも一般的にお祝いがされる正月の料理として定着していったようです。
第三の節目は第二次大戦後です。デパートが「御節供料理」を「おせち料理」と略して売り出したのが、今に至っているのです。
もちろん、デパートなどで購入するばかりではなく、自宅で作ることもできますし、それぞれの地方や家で独特のおせち料理も数多く作られています。
それでも、豊作を神に祈った古代の人たちの謙虚な気持ちは失いたくないものです。
このころの日本人は狩猟採集生活から農耕生活に生活スタイルをシフトさせてきました。
「おせち」の語源である「お節供(おせちく)」の「節」というは、季節の節目を指す言葉です。
季節を司るのは神であり、農作物の出来不出来は神のみぞ知る世界でした。
当時の人は、神に対してその年の豊作を感謝し、次の年の豊作を祈りました。
そのために、四季折々の収穫物を神に供えたのです。
おそらく、農耕文明がこういった儀式とともに中国大陸から伝来したと思われます。
古代中国では、食事はまず神や先祖へ供え、その残りを食べたとされています。
つまり、農作物は本来神霊のものだったということです。
よい作物を供えることで神がそれを食べに降りてくる。そして次の年も豊作を与えてくれる。
そういった考えが古代日本人にもあったのでしょう。
自然環境に左右された古代の人々が神を畏れあがめる姿。
それは現代のおせち料理のみならず、我々の生活の至る所に残されています。
重箱が使われるようになったのは室町時代以前のことですが、一般に広まったのは江戸時代といわれています。
おせち料理を重箱に詰めるということには、「福を重ねる」という意味合いがあります。
重箱の正式は完全数である三に一を加えた四重(四季を表しているともいう)が、正式とされますが、正月料理では五重にするのがよいとされています。
それぞれの重の中身は
壱の重・・祝い肴三種
弐の重・・口取り、酢の物
参の重・・焼き物
与(四)の重・・煮物
控えの重・・控え(空)
控えの重を空にしておくのには、その家が発展したときに中身を埋めようという意味や、歳神から授かった福を詰めるという意味が込められています。
本当の予備として、料理を入れておくという場合もあるようです。
一年のうちの区切りである節供(せっく)の中でも代表的な五節句=「人日(1月7日)」、「上巳(三月三日)」、「端午(五月五日)」、「七夕(七月七日)」、「重陽(九月九日)の時に神様へのお供え物として作ったのが『御節供料理』、すなわち「おせち料理」となったのです。
その後、大晦日のうちに重箱に詰めて歳神様にお供えするものがもっとも一般的なものとなり現代に至っています。
今では、お正月料理の代名詞として「おせち料理」が使われるようになりました。
お正月のおせち料理には、五穀豊穣や家内安全、子孫繁栄といった様々な願い事が込められており、大晦日にお供えしたものの「お下がり」を正月早々食べるのが、現代に続く風習のきっかけだったのです。